UpDate:8.Oct.2000

ス ペ イ ン 旅 行 記


L 渡辺 和廣

 「もし、あなたが1日しかスペインにいられないとしたら迷わずトレドに行きなさい」という言い伝えがある。
そのトレドに行ってきた。5年前に、中丸明の新潮選書「プラド美術館ー絵画が語るヨーロッパ盛衰史」に出会い、以後、貪るようにしてこの書を読みふけり、ドンキホーテではないが、行ったことのない土地のことに日々想像を逞しくし、ほとんどスペイン狂になってしまった。
中丸明、この人は一年のほとんどをスペインで暮らし、スペイン関係だけでも十指に余る著作をものし、作家の逢坂剛をして「イスパノフィロー」(愛西家、スペイン狂)と呼ばしめた人物である。
その中丸のスペイン関係の書を全て読み尽くし、私もそう呼ばれたいものだ、と思うほどここ数年スペイン熱(風邪か?)うなされていた。
 この9月、ついにそのスペインに行くことになった。仲間内の無尽会での私の提案が通ったのである。
10日間の旅に9月15日から出かけた。行くからには噂に聞く「パラドール」(修道院やら古城を改装したスペイン国営ホテル)にも泊まってみたい、AVEというスペイン新幹線にも乗ってみたい、トレドも、コルドバの「メスキータ」(イスラムのモスク)も見たい、定番のグラナダのアルハンブラ宮殿を見たい。
そして、トレドでエル・グレコの「オルガス伯爵の埋葬」や「聖衣剥奪」、プラドでベラスケスの「宮廷侍女像(ラス・メニーナス)」、例の「カルロスW世家族図」や「裸のマハ」のゴヤ、ムリーリョの「無原罪のお宿り」など絵画を見たい、と。欲張りの気持ちは、やはり現地でブレイク。毎日、ビノ・ティント、そう赤ワインを2本づつやっつけながら、疲れを知らずに飛び回った。
 スペインの魅力は、なんと言っても西暦711年から1492年までの約800年に及ぶモーロ人(イスラム教徒)の支配の残滓が濃厚なところにある。今回のガイドは、妙子さんという在スペイン16年の才媛。
私の俄か仕込みのスペイン知識は敢えなく、無残にも彼女により打ちのめされた。
説明はなるほど、ナルホド、と思わされることばかり。勉強になりました。
彼女と我々一行とはなぜか最後の晩まで誤解続き。しかし、帰国する僕らを見送る彼女は目に一杯の涙を浮かべるまでに心と心が通じあう仲になっていました。
前の晩、バル(スペイン居酒屋)でお互い言いたいことを辛らつに言い合ったのだ。
僕ら日本人の女性に対するいたわりのなさ、デリカシーのなさ、思っていても実行のできない情けなさをつくづく思い知らされた旅でした。彼女からの指摘で大いに反省した次第です。
 この旅はマドリッド(現地ではマドリー)に2泊、マドリッドではプラド美術館、ドン・キホーテとサンチョパンザの銅像のあるスペイン広場、その合間にトレド。
コルドバではメスキータ、ローマ橋を、そしてセビリア1泊。現地発音のセビージャではカテドラル、万博跡地のやはり「スペイン広場」、続いて260キロ離れたグラナダにバスで。
アルハンブラ宮殿(そう言えばここは、イスラム王国最後の砦)をゆっくりと見て、そのまま宮殿内のパラドール・サンフランシスコ泊。このパラドールのテラスで、谷を隔てた山の中腹にある夏の宮殿(ヘネラリーフェ庭園がある)のライトアップされた美しさに魅せられながら食べた夕食が忘れられない。我々は幸いにも宮
殿内に泊まったので、逆に宮殿の全景が見られない。
翌朝、対岸のアルバイシン地区からこの全景を眺める。同行の皆が歓声をあげるほどの美しさ。
まさかこのとき同行の仲間のお腹が痛くなっていようとは。その日はグラナダから南西へ。
地中海のリゾート、コスタ・デル・ソルの中心トレモリノスへ。途中、山の中腹にある「白い村」ミハス(すべての家が白壁、レンガ色の屋根)に立ち寄り、買い物を兼ねてお散歩。
夜は地中海の魚、と言っても鰯や烏賊などだが、ニンニク(スペイン語で「アホ」)やらオリーブ油の味付けがチョット新鮮。これを食す。ワインは白、ビノ・ブランカ。
トレモリノスに泊まった翌日は再びアンダルシアの内陸、スペイン最古の闘牛場(と言われているが、実はセビージャの方が古いらしい)のあるロンダへ。
ここでのお泊まりはパラドール・ロンダ。設備、雰囲気、食事、ワインとも最高。
その日まで毎日食べていた生ハムでしたが、ここの生ハムとオックステールの煮込みは絶品でした。
同行の仲間が腹痛故これを食せなかったのが誠にお気の毒と言うほかありませんでした。しかし、この町はこじんまりとしていて良い町です。この町でウールのセーターを仲間がみんな1枚づつ購入。
安くて物が良くてビックリ。
ラーメンが恋しく「北京亭」なる中華料理屋を見つけ食すも、オリーブ油と酢が鼻をついてイマイチ。
ロンダに泊まった翌日はセビージャの空港からバルセロナへ。その途中、ヘレスという町で、例のシェリー酒「TIO PEPE」の製造元「ゴンザレス バイヤス」に立ち寄り一杯。ご機嫌になる。
 バルセロナではサクラダファミリア、グエル公園などガウディ三昧。スリ、置き引き、強奪に怯えながら市内散歩。アメリカの方向を見つめるコロンブスの銅像がてっ辺に乗るオベリスクを眺めながら、パフォーマンス、花屋、町のギャラリー、みやげ物屋、いかがわしそうなショップのある通りを一巡。市場もあり、なかなかの見ごたえでした。
 この旅行で思ったこと。250年もかけて造られるカテドラル(トレドも、セビージャも、メスキータも皆そうだ、そして、いまだクレーンが2本も立ち工事中の聖家族教会はすでに100年以上経過、コンピューターのおかげで短縮されたとは言え完成まであと80年もかかるという)の気が遠くなりそうなまでの根気。
結果や成果をすぐに気にするせっかちの私などとても付いて行けそうもないことを思い知らされたことである。結果や完成された形がどんなものか見ることもできないような物を造ろうという、その心意気に感心させられた私でした。
 フラメンコは見ましたが、闘牛場を見たものの、実際の闘牛が見られなかったのが残念でした(闘牛はシーズンがあり、しかも休日しかやっていないとは知らなかった)。
帰国してスペイン熱は下がることなく、いよいよ上がるばかり。今度はラマンチャ地方やスペイン北部の町に行くぞ。そう、ヘミングウエイが「日はまた昇る」を書いた「牛追い祭り」で有名なパンプローナなんか良い、と思う。

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スペイン新幹線AVE
トレド遠景
アルハンブラ宮殿の
望月Lとガイド妙子嬢
プラド美術館・ゴヤ門前
絶壁上の
パラドール・ロンダ

ロンダ闘牛場
グエル公園の4人と
ガイド嬢

セビージャの個人宅
パティオ